編集長のメディアウォッチ:時代劇はなぜ廃れたのか?

テレビ

日本では1950年代後半、「テレビ映画」が盛んだった。映画をテレビで鑑賞できるようにしたい、映画としての迫力や質はそのまま映画より気軽に見られる番組を作りたい、という制作側の意図で、テレビ映画は瞬く間にテレビドラマの主流になっていった。その中でひときわ存在感を放っていたのが、テレビ映画による時代劇だった。しかし現在のテレビでは、時代劇を制作し放映することは極めて希。原因は、時代劇が世間に受け入れられなくなったことと、制作費の削減。だがよく考えてほしい、本当に時代劇は世間から受け入れられなくなっているのだろうか。

■テレビ局の過剰なまでの金儲け主義
現在のテレビ局は視聴率を気にしすぎだ。有名俳優やアイドルを起用し、話題にのぼれば成功とみなされる。視聴率次第では番組打ち切りも日常茶飯。昔の時代劇を見てみてほしい、有名俳優やアイドルは起用されていただろうか?主役には有名俳優を据えつつも、まわりを固めるのは無名の俳優ばかりだったはずだ。テレビ局の金儲け主義こそが時代劇を衰退させた一つの原因なのだ。例えば番宣のため、番組直前の5秒間のスポットで、時代劇の出演者たちがずらり勢揃いし「このあとすぐ!」などとおどけてテレビに映る──よく考えてもみてほしい、その宣伝は本当に必要なのだろうか?時代劇は、その世界観を確固たるものにしてこそ番組が成立する。それをむやみやたら現実に引き戻す行為は御法度のはず。これはテレビ局側が番組を売れさせたいがために、よく考えもせず時代劇の世界観をぶち壊す行為なのだ。主役級の俳優は有名であっても、まわりを固めるのは無名の方がいい。それはむやみやたらに視聴者を現実世界に引き戻さないためだ。テレビ局側の金儲け主義が時代劇を壊しているのである。

■BGMの衰退
バック・グラウンド・ミュージック、略してBGM。これも現在のテレビはよく考えられていない。かつてドラマや映画などでは、BGMは「劇伴」と呼ばれていた。意味はそのまま「劇に伴うもの」であり、楽曲としてではなく、あくまでメインは映像だった。現在のBGMは、ただただ壮大で綺麗なオーケストラが主流。違うのである、これもまた時代劇の世界観を壊す行為なのだ。昔の劇伴をよく聞いてみてほしい、キーボードの音が1音だけ鳴り、緊張感を生み出す。尺八がふぉ~っと鳴り主人公が登場する。ギターがかき鳴らされると敵の登場だ──昔の劇伴作りはこうだ。映像内に登場するキャラクターを音で捉え、無駄な音は使わずに、それを毎回の放映で繰り返し使用する。すると視聴者は「この音が鳴ったときには○○」と印象が決定する。劇伴と呼ばれるくらいだから、制作費は微々たるものだった。しかし作曲家たちはその限られた予算内で効果的な音楽を試行錯誤し編み出していったのだ。現在では、サウンドトラックとしてCDを販売することも見越され、楽曲として成立するBGMを最初から作っている。これが時代劇にとって駄目な原因だ。壮大なオーケストラばかりが作られ、世界観が完全無視の状態。人物を音で捉える手法も消え、綺麗な音楽ばかりが羅列しBGMとして使用される。時代劇はそれではいけない。汚い音楽があっても、世界観を踏襲したものならばアリの世界なのだ。これは現在、作曲家たちの技量が足りないことも起因している。また時代劇だけに限らず、全てのドラマや映画にも言えることなのだが。

■デジタル化
フィルムだった時代とは今は違う。全てが洗練されクリアな映像。4K、5Kといった超ハイクオリティな映像が作られるようになり、CG技術も現実と見間違うほどのものとなった。ところが、これが時代劇には合わない映像となってしまったのは言うまでもない。昔の時代劇では、何が映っているのかよくわからない真っ暗な画面の中で足音だけが聞こえ、「御用だ!」と声がこだまする。それが敵の襲来を意味するものだと視聴者は感覚的に察知する──全てがクリアな映像になってしまった現在、そういった「視聴者に察知させる」ことが逆に困難になってしまった。綺麗な映像と引き替えに、視聴者の想像力を奪ってしまっているのだ。これでは到底、映像に視聴者を釘付けにすることはできない。映像が不鮮明だからこそ表現できることも、時代劇では存在していたのだ。

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結果として、時代劇の衰退を招いているのはテレビ局の傲慢さと、制作の杜撰さだ。金儲け主義に走り、これでもかという予算を費やしながら、自ら駄目な時代劇を作り上げ、結局は話題にのぼらず打ち切る。この悪循環により、時代劇が作られない事態になってしまった。そもそもの原因は、テレビ局が視聴率を稼がないと儲からないシステムだ。テレビ局が自ら生まれ変わろうとしない限り、今後もテレビで時代劇を作ることは有り得ないだろう。


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赤松 伊織
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豊受真報編集長、赤松伊織です。読者の皆様に様々な情報をご提供できるよう精進してまいります。豊受真報をご愛読くださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。