伊達政宗の忍者「黒脛巾組」の神社を更地にした仙台市

東原神社

伊達政宗公生誕450年記念ロゴ
仙台藩祖伊達政宗公生誕450年で浮かれる仙台市の歴史的な大失態が発覚した。
仙台藩祖伊達政宗公、二代目当主忠宗公に仕えた忍者「黒脛巾組」(くろはばきぐみ)の鹿又戸兵衛(鹿股戸兵衛/)をまつる東原神社(ひがしはらじんじゃ。太白区西多賀)を、地元住民に一切告知なく更地にしてしまったのである。
東原神社
東原神社
東原神社
撤去前の東原神社。写真からも、地元住民によって丁寧に掃き清められている姿が確認できる。
東原神社跡地
現在の神社跡地。社殿、碑、鎮守の林まで跡形もなく更地になっている。仙台市議会議員撮影。

この件については現在、仙台市議会議員が視察しているが、議員のSNSによれば東原神社が更地になっていることは、「区役所も把握していない」。都市計画上の宅地造成などやむにやまれぬ事情での遷宮の場合、地元住民への事前告知が行われるのが慣例だが、それすらもない突然の撤去であった。
西多賀今昔かるた
西多賀今昔かるた
東原神社は地元住民にとっても特別な史跡であり、『西多賀今昔かるた』の1枚にも収録されている。鹿又戸兵衛は伊達政宗の歴史の中でも特に有名な、大阪夏の陣・冬の陣で活躍した。後の子孫で仙台市長にも就任した鹿又武三郎により、昭和37年に東原神社が建立されている。
奥州・仙台 おもてなし集団 伊達武将隊
黒脛巾組は歴史文献にとどまらず、現在、仙台・宮城の観光キャラクターや芸能ユニットといった形でも活躍している。
伊達政宗と黒脛巾組を観光に利用するだけ利用しながら、黒脛巾組の鹿又戸兵衛をまつる神社が突如更地になっても「区役所も把握していない」。これが、仙台市の生々しい現実である。
koorikazuko
仙台市民が今年七月に仙台市長に選出したのは郡和子であり、郡市長は自身の政策・ビジョンで、「『杜の都』の魅力向上と『伊達文化』の再興。杜の都仙台のきれいな空気と水と緑を守り、大手門復元や貞山堀・四ツ谷用水・若林城跡など伊達文化を最大限活用します。」と公約しているが、現在、仙台は地元住民も区役所も市議も混乱の事態となっている。

2017年11月14日


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天之加久矢
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